ずるい人  君のその、ちょっと拗ねたような表情が愛おしい。

「あ、ミーアキャットみたいな顔の人」
 滋は向かい合わせに座っている同僚・美穂の、更に後ろを指差した。
「え。どこどこ」
 彼女は後ろを振り返り、観葉植物の間をぬうようにして懸命に捜している。
 その隙をついて、滋はフォークをすばやくてっぺんの赤い宝石に突き刺した。そのまま平然と一口で食べてしまう。
 向き直る彼女の反応は、滋の予想したとおり――。
「あーっ、先輩ってばひどいー。せっかくとっておいたのに……」
 そう言って、美穂は拗ねたように頬を膨らませた。
 そんな表情が許されるのは十代までだよなと、滋は呟くように悪態をついた。
 美穂は恨めしそうな顔をして、イチゴのあった場所を何度もフォークでつっついている。
「あー、もう……わかったわかった」
 滋は手付かずのまま目の前に置かれていた自分のモンブランから、上に載っかっていたマロングラッセをイチゴの跡地に上手く置いてやった。
 まだ少女だ。美穂は高校を卒業してから滋のいる設計事務所へ入社し、もう二年が過ぎた。年齢だけはようやく大人だが、もうすぐ三十を迎える滋にしてみればその表情やしぐさ、すべてが幼く危うく感じてしまう。

 ――俺たちは目の前のケーキと同じだな。君は苺で、俺は栗。

 みずみずしく真っ赤な苺はどこまでも美味しそうな香りを辺りに惜しげもなく振りまくのだ。そして側にいるものの心を狂わせる。
 独り占めしたくなるほどに。

 しかめ面をしながら栗の塊を頬張る美穂を見つめながら、滋はいつまでも口に残る苺の味に酔いしれていた。


(了)