あきらめの悪い乙女心

 夏休みも残り少なくなった、酷暑の昼下がり――。
 美月は、幼馴染である安藤凛(りん)の自宅を訪れていた。

 七つ年上の凛は、現在地元企業でOLをしている。
 夏季休暇を利用して、家族揃って旅行に出掛け、戻ってきたところらしい。
 美月が通された居間の隅には、土産物屋の紙袋が無造作に置かれたままだった。

「ゴメンねー、わざわざ呼びつけちゃって」
 凛は、美月に冷たいお茶を差し出しながら、申し訳なさそうに言う。
「いいの。どうせヒマだったし。凛ちゃんたち、沖縄どうだった?」
「良かったよー。まあ、私より類のほうが満喫してたみたいだけど」
 凛はさらりと弟の名前を出した。

 凛と類は、恋人のように仲のいい二人姉弟である。
 幼い頃から、美月は安藤姉弟と三人仲良く遊んでいた。
 家も近いため、家族ぐるみの付き合いをしている。

 しかし今は――美月は類と顔を合わせたくない状況にあった。

「……そう言えばあいつ、出掛けてるの?」
「そうみたい。もうすぐ帰ってくるんじゃないかな」
 その凛の説明を聞いて、美月はホッとした。
 しかし。
 その一方で、少しガッカリも――してしまった。
 何故かは分からない。
 胸がぎゅうと、締めつけられる。
 美月は平静を装って、おずおずと凛に尋ねた。

 いちばん、確かめたいこと。
 けれどいちばん、知りたくないこと。

「デート、だったり……とか?」
「なに、類ってば、彼女できたの!? あの子私にはそんなこと、ひとっことも言ってこないけど?」
 凛は明らかに驚いているようだった。両目を大きく見開いたまま、固まってしまっている。
 その反応を見て、美月はなんだか拍子抜けしてしまった。
「そうなんだ……何か、意外。はしゃぎまくって言いふらしてるんだとばかり、思ってたんだけどな」
「ひょっとして、美月ちゃんの知ってる子なの?」
「まあ……同じクラスだし」

 そこへようやく、噂の人物が自宅へと帰ってきた。
 安藤類である。
 類はのそりと入ってくると、居間を陣取って話に花を咲かせている姉と美月を、微妙な顔で見つめている。
 話の輪に加わるかどうか、迷っているようだ。

 気まずい空気が流れている。
 二人の間に起こった出来事を、姉の凛は知らない。
 どうしよう。
 想いを告げそして振られてしまった幼馴染の男に、いったい何を言えばいいのだろうか。
 美月は大きく息を吸った。ため息の勢いに、上手く声を載せていく。
「……ずいぶん」
「なんだよ?」
 類が反応した。
 美月はわずかに安堵し、残りのため息も、声とともに吐き出していく。
「ずいぶん、焼けたんじゃないの?」
 言えた。
 なけなしの勇気を振り絞って、ようやく喉から言葉が出た。
「おー、表も裏もこんがり焼いてきた。美味そうだろ? 海パンのあと、もうクッキリ」
 彼はいつもと何も変わらない。
 何にも、変わらない。
 想いを告げても、告げなくても――何も。
「ふーん。どれどれ、証拠見せなさい」
「ちょーお前、エロくね?」
「なに恥ずかしがってんの。類の裸見たって、いまさらドキドキしないもん」
 美月は結局、物分かりのいい、あきらめの悪い女になってしまっていることに気づく。
 それでも。
 やっぱり好きなのだ。この男の、こういうところが。
 ハッキリと「どこが」とは、言葉にできないけれど。

 好きなのだ。
 好きなのだ。
 どうしても、――好きなのだ。
<

(了)