ともにありたいと願う心

 小雪のちらつく師走のある日の夕方――。
 江波薫は永瀬優作の自宅を訪れていた。

 二人はお茶のカップを傾けながら、たわいもない話に花を咲かせている。
 その話題の中心は、やはり二人の共通点でもある弟妹カップルのことだ。
「薫さん、そういえば僕、気になってることがあるんですけど」
「どうしたの?」
 優作は合点のいかない顔をして、あごの無精ひげを片手で撫でさすりながら、わずかに首を傾げている。
 ささいな疑問らしい。
「僕が梨緒子ちゃんから聞いたのは、はちまきを返したらそれが付き合おうという意思表示になるってことだったんですけど」
「その通り。優ちゃんは間違ってないよ」
 薫は相槌を打った。
 はちまきを返すというのは、弟妹たちが通っている高校の、球技大会にまつわるジンクスであることは、優作も知っている。
 優作は高校が別だったが、薫は同じ高校の卒業生なのである。
 そのはちまきのジンクスに、優作よりもずっと通じているはずだった。
「実はですね、秀平の部屋の机の上に、あのはちまきが置いてあるんですよ」
「どういうこと?」
「さあ……」
 優作は再び首をひねった。
 話を聞かされた薫も同様である。
「それって、他の女の子からもらったヤツ、じゃなくて?」
「あいつはそんなことしませんよ。水色だし、梨緒子ちゃんが作ってくれてたものと同じに見えるんですけど」
「ええ? でもうちさ、弟くんが梨緒子に返してるの、この目でハッキリと見たんだけどなー」
 そう。
 薫が疑問に感じるのは、無理もないことなのである。
「ああ、言ってましたねそういえば。美瑛の別荘に行ったとき」
「そうそう。ギュウもチューも見ちゃったし」
 薫は意地悪い笑みを浮かべ、意味ありげに向かい合う優作を見た。

 夏の夜。
 弟妹たちがなかなか別荘へと戻らないのを心配して、暗闇の中、懐中電灯片手に探しに出かけた先で、薫が見たものは――。

 前日まで二人は、すれ違いでお互い口をきくこともなかった。
 もちろん意識するあまりの行動であることは明白だったが、当時妹には付き合っている同級生の男がいた。

 弟妹たちが想いを通じ合わせることを、予想していなかったわけではなかったが、その可能性は限りなくゼロに近いと、兄二人は思っていたのである。
 優作は、気まずそうに苦笑いを浮かべている。
「すみません。まさかそんなに手が早いとは、僕も思ってなかったので」
「別にいいんじゃない? 二人同意の上だったんだろうし、結局二人はちゃんと付き合うことになったし。優ちゃんの弟が、いい加減で女の子をもてあそぶような子じゃないのは、分かってるから」
「まあ、結果的には上手くいったのかもしれないですけど、でも、あのときもし薫さんが二人を迎えにいってなかったら……」
 優作は呆れたようにゆっくりとため息をついた。
「ははっ、優ちゃん想像力逞しいね」
「別にね、あいつがひどいことをするとは思わないですけど、恋愛に対する経験値がゼロな分、どうなるか未知数だというか――」
「なんだかんだ言って、純愛志向っぽいけどねー、弟くん」
「そうですかね」
「試してみよっか、優ちゃん」
 そう言いながら、薫はお茶のカップを引き寄せて、中身を飲み干した。
 その言葉の意味がよく飲み込めないのか、優作は素直に薫に聞き返す。
「試す? 秀平を?」
 薫は頷いた。
「いま、自分の部屋にいるんでしょ?」
「そうだと思いますけど。センター試験の追い込みで勉強ばかりしてるから」
「じゃあ、直接聞いてみよう。だいたい見当はついてるんだけどさ――もし予想通りなんだとしたら、うち、いい考えがあるんだ」
「ええ? 薫さん、本気ですか……?」
 優作はありえないといったように、首を左右に振った。


(了)