永瀬兄弟のクリスマス
頭脳明晰と誉れ高い、永瀬家の兄と弟のクリスマス風景――。
「秀平、ケーキどのくらい?」
リビングとひと続きになったキッチンで、兄の優作がホールのケーキを目の前にして、弟に尋ねた。
一方、弟の秀平はリビングのソファに仰向けに横たわり、クッションを枕にして物理の参考書を読んでいる。ソファの背もたれの向こうから聞こえる兄の声に、ひと言だけ反応した。
「25度」
優作はナイフ片手にううむ、と唸った。
巨大な分度器があれば可能かもしれないが、一般家庭のキッチンにそんなものがあるはずもなく――。
「もうちょっと簡単なのにしてくれる?」
優作の再度の問いに、秀平はさらりと答える。
「じゃあ、22.5度」
「てことは、半分にする作業を何回繰り返すと秀平の食べたい角度になる?」
「四回。つまり、16分の1」
「はい、正解」
兄弟の奇妙なやりとりは、延々続く。
「イチゴ、いる?」
「なくてもいい」
「ヒイラギの飾りは?」
「食べれないだろ、それ。いらない」
「ロウソクは?」
「部屋で一人で食べるのに、必要ないだろ」
「じゃあ、『メリークリスマス』のチョコプレートは?」
秀平はようやくソファから起き上がると、雑多なやりとりに疲れたように、深々とため息をついてみせた。
「……誰もいらないなら、食べてもいいけど」
そんな弟の反応に気を良くし、優作は穏やかに笑った。
「食べたいって言えばいいのに。お前は素直じゃないよな、昔っから」
優作は、ケーキの真ん中に突き刺すようにしてチョコプレートを立ててやる。
兄は皿を持ってリビングへと移動し、ケーキを弟の顔のそばに近づけた。
甘い香りがふわりと広がる。
優作は言った。
「直径18センチ、高さ12センチとしてこのケーキの体積は? 正解しないと食べられないよ」
「円周率を3.14として、小数点以下切り捨てで、約190立方センチメートル」
解答に数秒も要しない。秀平は迷いもなく、淡々と答えた。
「よし、さすがは僕の弟だ。はい、ご褒美のケーキ」
「……早くしろよ、俺忙しいんだから」
満足げにうなずく優作とは対照的に、秀平は冷めた表情のまま、差し出されたケーキ皿を奪うように持ち去っていく。
そのままリビングをあとにしようとした秀平が、ドアのところで振り返った。
先ほど交わした会話と、手にしたケーキとの間に、違和感を感じたらしい。訝しげな表情で、弟は兄に尋ねる。
「イチゴ、載ってるけど……」
「無くてもいいなら、あってもいいんだろう? 兄ちゃんの優しさだ、それ」
わずかに秀平の唇の端が上がった。
他人には絶対に気付かれることのない微妙な表情を、優作は読み取った。
長年兄弟をやっているからこそ、解ること。
「マジで!? やった、さすが兄ちゃん! 俺、イチゴ大好きなのよく分かってるじゃん! …………って反応は、秀平には期待できないよね」
「うん、期待するだけ無駄」
こういうところが、秀平だよな――きびすを返した弟の背中を見送りながら、優作は苦笑した。
「秀平、ケーキどのくらい?」
リビングとひと続きになったキッチンで、兄の優作がホールのケーキを目の前にして、弟に尋ねた。
一方、弟の秀平はリビングのソファに仰向けに横たわり、クッションを枕にして物理の参考書を読んでいる。ソファの背もたれの向こうから聞こえる兄の声に、ひと言だけ反応した。
「25度」
優作はナイフ片手にううむ、と唸った。
巨大な分度器があれば可能かもしれないが、一般家庭のキッチンにそんなものがあるはずもなく――。
「もうちょっと簡単なのにしてくれる?」
優作の再度の問いに、秀平はさらりと答える。
「じゃあ、22.5度」
「てことは、半分にする作業を何回繰り返すと秀平の食べたい角度になる?」
「四回。つまり、16分の1」
「はい、正解」
兄弟の奇妙なやりとりは、延々続く。
「イチゴ、いる?」
「なくてもいい」
「ヒイラギの飾りは?」
「食べれないだろ、それ。いらない」
「ロウソクは?」
「部屋で一人で食べるのに、必要ないだろ」
「じゃあ、『メリークリスマス』のチョコプレートは?」
秀平はようやくソファから起き上がると、雑多なやりとりに疲れたように、深々とため息をついてみせた。
「……誰もいらないなら、食べてもいいけど」
そんな弟の反応に気を良くし、優作は穏やかに笑った。
「食べたいって言えばいいのに。お前は素直じゃないよな、昔っから」
優作は、ケーキの真ん中に突き刺すようにしてチョコプレートを立ててやる。
兄は皿を持ってリビングへと移動し、ケーキを弟の顔のそばに近づけた。
甘い香りがふわりと広がる。
優作は言った。
「直径18センチ、高さ12センチとしてこのケーキの体積は? 正解しないと食べられないよ」
「円周率を3.14として、小数点以下切り捨てで、約190立方センチメートル」
解答に数秒も要しない。秀平は迷いもなく、淡々と答えた。
「よし、さすがは僕の弟だ。はい、ご褒美のケーキ」
「……早くしろよ、俺忙しいんだから」
満足げにうなずく優作とは対照的に、秀平は冷めた表情のまま、差し出されたケーキ皿を奪うように持ち去っていく。
そのままリビングをあとにしようとした秀平が、ドアのところで振り返った。
先ほど交わした会話と、手にしたケーキとの間に、違和感を感じたらしい。訝しげな表情で、弟は兄に尋ねる。
「イチゴ、載ってるけど……」
「無くてもいいなら、あってもいいんだろう? 兄ちゃんの優しさだ、それ」
わずかに秀平の唇の端が上がった。
他人には絶対に気付かれることのない微妙な表情を、優作は読み取った。
長年兄弟をやっているからこそ、解ること。
「マジで!? やった、さすが兄ちゃん! 俺、イチゴ大好きなのよく分かってるじゃん! …………って反応は、秀平には期待できないよね」
「うん、期待するだけ無駄」
こういうところが、秀平だよな――きびすを返した弟の背中を見送りながら、優作は苦笑した。
(了)