Mr.Valentine

 安藤家の姉弟は、仲が非常に良いことで、近所でも評判である。
 弟の類は中学二年生。姉の凛は大学三年生だ。

 毎年三月初旬になると、弟は決まって姉にあるお願いをする。
「凛、お返し買いに行くから付き合って」
「いいよ。今年は何個?」
「全部で24個」
 凛は不思議そうに目を瞬かせた。
「そんなに貰ってたっけ?」
「半分はチロルとか小枝とかそんなんだったけど、でもチョコはチョコだからカウントした」
 そう。
 類は、毎年バレンタインデーに貰ったチョコひとつひとつに、お返しをする主義なのである。
 箱に入れられたものならともかく、市販のチョコ菓子一口にまで気を配るその姿勢は、呆れ通り越して感心さえしてしまう。
 凛はそんな弟を横目に見つつ、小さくため息をついた。
「そんなんじゃ、お金いくらあったって足りないでしょ」
「そのためにお年玉とっておいてるから、大丈夫だって」
「ホント類はバレンタインを謳歌してるよねー。そういうポジティブさが類の長所だと思う」
「俺もそう思う」
「みんな平等? 誰かと付き合わないの?」
「えっ……」
「アハハ、その顔じゃ、類は恋愛が楽しいんじゃなくて、たくさん物がもらえることに喜びを感じているわけね。まだまだ子供だねー」
 凛が冷やかすと、そのまま類は拗ねたように黙ってしまった。
 姉の言うことが当たっていたためか、それとも――。

 類は姉に背中を向けると、消え入りそうな声でボソリと呟いた。
「……俺は、本当に好きな子としか付き合わねーの」


(了)