専属パティシエ

 成沢圭太はスーパーで、大学の友人の姿を見つけた。
 永瀬秀平である。
 ほとんど外食をせず、マメに自炊をしている彼が、スーパーで食品を買い物していることは、別に不思議なことではない。
 しかし、どうも様子がおかしい。
 じっと何かを書き付けたメモ用紙を見て、カゴに商品を入れていく。
 圭太は何気なく彼の背後へ近寄り、カゴの中を物色した。

 牛乳。
 生クリーム。
 小麦粉。
 クリームチーズ。
 バター。

 とても食事を作るための買い物とは思えない。
 圭太は友人の背中に向かって声を掛けた。
「永瀬、何作るの?」
 秀平は驚いたように勢いよく背後を振り返った。
「驚かすなよ」
「驚かせるつもりはなかったんだけどな。で? 何作るんだ?」
「何でもいいだろ」
「うん、何でもいいよ。だから教えて」
「……」
 秀平は途惑った顔をしながら、深々とため息をついた。
 人を寄せ付けないオーラを出しているが、怯むことなく一歩踏み込んでくる圭太には、どうも調子が狂わされるらしい。
「ケーキ」
「ケーキ?? へぇ、やっぱりそうなのか。意外な一面だな、お菓子作りが趣味なんて」
「別に趣味なんかじゃないよ。一年に一回だけだから」
 圭太は、秀平のハッキリしない説明に首を傾げた。
「……誕生日なんだよ」
「誰の?」
「……」
 肝心なところで、秀平は黙り込んでしまう。
 しかし、ここまでの話の流れからすると、その答えに辿り着くのは難しくない。
「ああ、もしかしてリオコちゃんか?」
 圭太が確認するように尋ねると、秀平は素直に首を縦に振った。
「彼女の誕生日、あさってだから」
「わざわざ手作りしてあげてるのか?」
「俺の知らない誰かが作ったもので祝うなんて、絶対にイヤなんだ」
「永瀬らしいな」
「そう? ……よく分からないけど」
 そう言い残して、秀平はろくに挨拶もせずにその場を立ち去っていく。
 圭太は友人の背中を目で追いながら、いつか見た秀平の彼女の顔をぼんやりと思い出した。


(了)