冠婚葬祭な人々 新婦兄編

「薫さん、どうしちゃったの?」
 美月は結婚式場のロビーに現れた一人の男の姿に、ただひたすら驚いていた。
 仕立てのいい黒のスーツに黒のシャツ、葡萄酒色のネクタイと、同色のチーフを胸に差している。
 美月の親友である花嫁の、『兄』だ。

 薫は肩をすくめてみせた。
「冠婚葬祭はさ、あの格好だとさすがに親戚の手前、都合が悪いんだって。短髪なんて、中学以来だよ」
「薫さん、男装でも全然カッコいいじゃない!」
「男装って言葉も、どうなのかなあ……まあ、別にいいんだけどね」
 美月の知っている薫は、中学生までは普通の男子生徒だった。その頃から身体の作りは華奢ではあったが、確かに『少年』の容貌をしていた。
 しかし、高校に進学し髪を伸ばし始めると、その辺の女子よりも綺麗と持てはやされるようになった。
 そして服飾系の専門学校に通い出してからは、自分がデザインして製作したワンピースなどを着て外出することもしばしばだった。
 薫の妹の話によれば、女性的なのはあくまで見た目だけの話で、中身は男そのものらしい。
 そのため、このように本来あるべき姿の薫を目の当たりにすると、美月は必要以上にドキドキしてしまう。
 そんな乙女心を知ってか知らずか、薫は中性的な色香を放ちながら美月の顔を覗き込んでくる。
「美月ちゃん、緊張してる?」
「そ、そりゃまあ……友達の結婚式なんて、初めてだし」
「そうだよね。あいつらも随分と思い切ったことするよな。なんで今? って、感じだし」
「だよねー。私もすごくビックリしちゃった。そりゃ、いずれは結婚するかもって思ってたけど」
 高校の同級生であった新郎と新婦のことは、同じく同級生だった美月はとてもよく知っている。
 遠距離恋愛を四年経た末、そのまますぐに結婚に辿り着いたことは、さすがに美月にも予想がつかなかった。
「うちに挨拶に来た時の、彼の言葉はなかなか感動的だったよ。あれでもう、うちの親は何も言えなくなってたし」
「何て言ったか教えて? 聞きたい!」
 美月はここぞとばかりに薫の話に食いついた。
 このようなレア情報は、滅多に聞けるものではない。当人同志はそうそう明かさないであろうし、やはり内情をよく知る身内に聞き出すのが一番だ。
「んー、細かいところはハッキリと覚えてないけど……『梨緒子にはずっと側にいて欲しいと思っています。付き合って五年間、それは一度も変わりませんでした。そして、この先もその気持ちが変わることはありません。ですから、いますぐ結婚することを許してください』――こんな感じだったかな」
 薫の口から語られる言葉が、永瀬秀平の声に変換されて美月の脳内を流れていく。
 確かに彼らしい言葉だ。
 普通の人間には、なかなか言えるものではないだろう。
「うらやましい……そんなふうに言われてみたい」
「そう? 実際大変だと思うよ。結婚資金だってほとんどない状態で、親にいくらか援助までしてもらってさ。当然婚約指輪もないみたいだし、新婚旅行もしないって言うし」
「そりゃ、永瀬くんだったらいずれはそれなりに稼ぐようになるんだろうけど、大学出たてじゃね……しょうがないよね」
「二人でゼロからのスタートだよ、まさに。小さなアパートでさ、家具や電化製品は永瀬くんが一人暮らししてたときのものをそのまま使うらしいし。夢一杯の新婚生活とは、程遠いんじゃない?」
 薫には、二人の決断がすべて理解できるものではないようだ。
 しかし。
 美月には、二人のやり取りがハッキリと目の前に浮かんでくる。
 二人にとって結婚とは――離れぬための『手段』なのだ。
 長い遠距離恋愛をともに乗り越えたからこそ、迷わず決断できたに違いない。
「でも、きっと梨緒ちゃんはすごく幸せだと思うよ」
 美月は微笑んだ。今日の二人の門出を、心から祝福するように。
「あの二人はね、お互いが側にいることが、何よりも幸せなんだから」
 薫は軽く頷くと、美月の笑顔に応えるようにして、爽やかな微笑みを返した。 


(了)