Lesson 1  恋人修業のお時間 エピローグ

 珍しく朝イチの講義に姿を見せた成沢圭太は、壁際の席に一人座っている永瀬秀平の姿を見つけた。
 その行動が解せない。
 しかし、昨日すでにかなり突っ込んだ事情を知らされた身としては、黙っているわけにはいかない。
 それはただ単に、堅物男への好奇心からくるものだったりするのだが――。

 圭太は、秀平の隣の席に滑り込むようにして近づいた。
 その気配に気づいたのか、秀平は圭太に一瞥をくれると、そのまま挨拶もせずに、再び持参した講義資料に目を落とす。
 どうやら歓迎されていないらしい。
 しかし圭太はそんな秀平にひるむことなく、こちらから攻めていく。
「彼女は? 部屋に一人にしてきたの?」
「帰ったよ」
 その即答に、圭太は驚きを隠せなかった。
「マジで? もう帰っちゃったの?」
「うん」
 昨日の夕方、こちらへ来たばかりだというのに。
 二人きりの一夜を過ごして、その足で帰途につくとは――圭太は彼女に同情をしてしまう。
「飛行機? 空港まで送っていかなくてもいいのか?」
「いいんだよ。もう、子供じゃないんだし――」
 昨日わずかな時間ではあったが、圭太はこの永瀬秀平の彼女と二人で話をした。
 彼氏のことが本当に好きで好きで、我慢できずに約束もしないでここまで来てしまった――そう言う一途な彼女が、他人のモノながら圭太はとても可愛らしく思ったのである。
 だからこそ。
「俺の差し入れは役立った?」
 すると。
 一瞬にして、秀平が固まった。
 聞くまでもなかったか――あまりにも分かりやすい秀平のその反応に、圭太は思わず苦笑した。
 秀平はあくまで冷静を装った声で、淡々と喋り始めた。
「……あとで返すよ。当分必要ないから」
「使ったんだろ? そんな、残り返せなんて言わないよ。役に立ってくれたらそれでいいし。友情の証だ」
 自分の思惑通りに、うまく事は運んだようだ。
 圭太は満足げに頷いた。
「成沢――」
「なに?」
 秀平はいつになく真剣な眼差しで、傍らに座る圭太の顔を見つめている。
 その微妙な間合いとゆっくりとした瞬きは、独特の色気がある。
「成沢は、俺の友達なの?」
「はは、友達に決まってるだろ」
「……そうなんだ」
 真面目な顔をして、何を言い出すのかと思えば。
 面白い。面白すぎる。
 これからもいろいろと楽しめそうだな――圭太はこみ上げてくる笑いをこらえるのに必死だった。


(了)