ちょっと違うなぁ。
学校を休んで、今日で三日目だ。
夜もろくに眠れずに泣き明かし、目の下にははっきりとクマができている。
食事もほとんど喉を通らない。
水分補給のために飲むミネラルウォーターは、すべて涙となって流れ出ていく。
そう思えるくらい、梨緒子は三日三晩、泣き暮らしていた。
親友の美月が心配をして、何度かメールをくれた。
しかし、その原因をまだ告げてはいなかった。
説明するのも長くなりそうだったし、とにかく誰とも口をきく気にはなれなかったのだ。
秀平からはひと言のメールも届かない。
もともとメールをしない主義とはいえ、三日間も学校を休んでいるのに、気遣いの言葉もかけて来ない秀平に、やり場のない憤りを覚えてしまう。
――あんなに怒らせたんだから、無理もないけど。
梨緒子はぎゅっと目をつぶった。
まぶたの裏に、彼の怒る顔が焼きついている。
【何なんだよいったい。本当についてくる気あるのか?】
思い出しただけで、涙があふれてくる。
秀平の期待を裏切って、秀平に嫌悪感を抱かれて、秀平をイライラさせて――。
もちろん、そんなつもりは微塵もなかった。
ただ、彼の喜ぶ顔が見たかったのだ。
原因を知らない両親が、娘の登校拒否への対応を持て余した四日目の朝のことである。
梨緒子の部屋に、兄の薫が乗り込んできた。
くせのないストレートの長髪をなびかせて、すっかり姉貴と見紛うような服装をその身にまとい、梨緒子がうずくまるベッドの端に腰かける。
見た目は姉貴でも、口をついて出る言葉は完全に男だ。半ば脅しをかけるようにして、掛け布団の上から梨緒子をつっつく。
「なにやってんだよ、梨緒子。また仮病か?」
「…………どうせ、今日からは文化祭だからいいの」
「あっそー」
おそらく、薫にはその原因が何であるか、分かっているはずだった。
普段から薫は優作と親しくしているため、秀平と梨緒子の内情は筒抜けだ。
第一、心配性の優作が黙っているはずもないのである。いつもの個人授業を休んだ時点で、優作は薫にいろいろと探りを入れているに違いなかった。
そうなると、その原因も当然、薫には話しているだろう。
兄はさらに大声を出し、布団越しに梨緒子の耳元でわめく。
「じゃあ、梨緒子のこと迎えに来てるやつがいるけど、仮病で今日も休みますって、帰しちゃってもいいんだよな?」
薫はやはり『仮病』と言い切った。やはり、ばれてしまっている。
梨緒子はようやく布団から頭だけを出した。
枕元の目覚し時計を確認すると、もう午前十時半をまわっている。
「迎えにって……こんな時間に?」
「文化祭ってさ、三年だと確か、朝と帰りのホームルーム出てたら、あとは自由行動じゃなかったっけ?」
薫は梨緒子の高校のOBでもある。そのため、内情にはかなり詳しかった。
その薫の説明で、梨緒子を迎えに来たというのは、同じ高校の三年生ということが分かる。
一人しか、思いつかなかった。
きっと、彼だ。彼が来たのだ。
いったい、どんな顔をしたらいいのだろう。
しかし。
薫の後ろから姿を現したのは――梨緒子の予想にまったく反していた。
「よっ、リオ」
そこにいたのは、元彼の安藤類だった。
梨緒子は目の前の状況についていけず、掛け布団から頭を出した状態で、数度瞬きを繰り返す。
「……ルイくん? 一人で来たの?」
梨緒子の言わんとすることを、類はすぐに察したようだ。兄の薫の手前もあって、あくまで能天気に説明をする。
「美月には、黙ってここまで来た。いろいろうるせーからよ、おせっかいだとか、未練たらしいとか」
梨緒子は重い身体をようやくベッドから起こした。そして、慌てて髪を手ぐしで整える。
薫は梨緒子のドアを開け放したまま、自室へと姿を消した。薫なりの気遣いらしい。
梨緒子は立ち尽くす類の顔を見上げ、軽くため息をついた。
まったくの予想外の展開である。
「んな、露骨にガッカリすんなよ」
「そんなつもりじゃ、なかったんだけど」
自分自身では気づかない。ガッカリなんて表情をした覚えなどなかったのだが――。
類はベッドの側まで近寄ると、梨緒子とわずかな距離を保つようにして、床にあぐらをかいて座った。
不思議と緊張感はない。
付き合っていた頃に比べて一緒に過ごす時間は減ったものの、懐かしさは充分残っている。
こんな風に毎日向かい合って、他愛もない会話を交わして。
ひょっとしたら、ずっとこうやっていたのかもしれない――そんな錯覚さえしてしまう。
しかし、そんな妄想もつかの間。
「あいつが迎えに来たかと思ったんだろ」
類の淡々とした言葉に、梨緒子は激しく動揺した。
見透かされている。
そう、これが現実。
「……来るわけない」
「たぶんな。相変わらず、図書館にいたし」
「へえ、そう」
秀平がいつもと変わらないのを聞かされて、梨緒子の心はいっそう曇った。
「やっぱり、永瀬なんだな」
類がもう一度、確認するように尋ねた。
「俺はリオのこと、何だって分かる。ダテに彼氏やってたわけじゃないし」
本音をさらけ出し、数々の修羅場を乗り越えてきたからこそ、分かり合えることもあるのだろう。
そのことに、梨緒子はいまさらながらに気づいてしまう。
「しかし、ひっでー顔してんな」
類は梨緒子の顔をしげしげと見つめた。
やつれた頬。
睡眠不足による目の下のクマ。
泣き腫らして真っ赤になった両目。
確かにひどい顔になっていると、梨緒子自身も分かっていた。類の言葉には、何の誇張もない。
彼が自分をこんな風にしているのだ。
こんなひどい状態になっているのは、すべて彼のせいなのだ。
それなのに、彼は――。
「俺はなー、慰めに来たわけでも、よりを戻したいって頼みに来たわけでもない。でもこんなリオ、放っておけない」
――甘えたら、きっと駄目。
心の中にいるもう一人の自分が、自分を抑制する。
「何されたんだよ、ほら、言ってみな」
何度同じことを繰り返せば気がすむのだろう。
秀平に傷つけられ、そして類に慰められて。
でも、どうしていいのか分からない。
もう、自分ひとりの手には負えないのだ。
梨緒子は枕元に置いてあった携帯電話に手を伸ばした。そして、先週の土曜日に撮った問題の写真を、類に見せた。
類の表情が一気に明るくなる。
そして、嬉々としてはしゃぐ声が部屋中に響いた。
「うお、すげー! リオ、結構似合ってんじゃん」
「……」
たった、これだけのことだったのだ。
絡まりもつれた糸が、いとも容易くほどけていく。
梨緒子の両目から、大粒の涙がいくつもいくつもこぼれた。
「な、なんだよ? 俺、別に泣かすようなこと言ってねーぞ?」
「違うの……ルイくんのせいじゃない」
首を横に振ると涙の雫が顔中に広がり、頬を不規則に伝わっていく。
「そうやって、言って欲しかっただけなんだな、って。でも……」
「でも、なんだよ?」
秀平の声がよみがえってくる。
消し去ってしまいたい。でも、焼きついて二度と消えない。
梨緒子は震える声で、その忌まわしい言葉を吐き出した。
「勉強もしないで『病院ごっこ』か、いったいどういうつもりだ――って」
それに対し、類は梨緒子を嘲笑うようにして、あっさりと切り捨てた。
「ハッ、あいつに、優しさ期待してどーするよ? それ分かってて、乗り換えたんじゃないのかよ?」
呼吸が詰まった。
類にそれを言われてしまうと、身を絞られるような辛さが梨緒子を襲う。
秀平に乗り換えた自分が、彼に対して勝手にかけてしまった甘い期待――。
「悪い、言いすぎた」
類は悔いるような表情を見せ、梨緒子に素直に謝った。
しかし。
それは類の本音なのだろう。本人に言われてしまうと、反論の余地もない。
結局のところ、彼のことを分かっていなかったお前の自業自得だ、と恨み言を言われているような気さえしてしまう。
――そう、自業自得。
梨緒子は掛け布団を両手で握り締め、半ばやけになりながら、大きなため息をついた。
「もう完全に駄目みたい。私がこんなになってるのに、メールの一つも寄越してくれない。普通に学校に行って勉強ばっかりしてるんでしょ? 私のことなんかもうどうでもいいんだよきっと」
秀平に対する不満に、共感して欲しかった。
冷たく酷い人間なのだという、同意が欲しかった。
しかし、いつまで経っても慰めの言葉は返ってこない。
梨緒子が類のほうへ顔を向けると、明らかにうんざりとした表情がそこにはあった。
「はっきり言って、いまのリオは可愛くない」
意外な言葉だった。
類は容赦なく、傷口に塩を塗りこむような真似をする。
なぜ。どうして。
「女王様じゃねえんだからよ。なんでもかんでも周りがなんとかしてくれると思ったら、それは間違いだ」
信じられなかった。
どうして、ここまで言われなくてはならないのだろう。
自分が、間違っている――だなんて。
分からない。分かりたくもない。
「はっきり言えよ、あいつに。どうして欲しいのか、自分からメールしろ。こんなところでぐちぐちやってたって、どうしようもないって思わないのか?」
「ルイくん……」
きっと、類は正しいことを言っているのだ。
来るのをひたすら待つばかりで、それでいて、いつまでも来ない相手を一方的に責める。
そんな女が、可愛いはずもない。
「迎えに来て欲しいなら、そう言えよ。ちゃんと素直にさ」
「できない。秀平くんの嫌がることなんか、できない」
怖い。
彼が怖い――本当に。
「秀平くんに嫌われるのは、本当に嫌で嫌で苦しくて……どうしようもなく惨めなんだもん」
梨緒子は掛け布団を頭からかぶり、再びベッドにうずくまった。
それでも慰めの言葉は返ってこない。
類は梨緒子を学校へ連れて行くのを諦めたようだ。掛け布団越しに、類が立ち上がるような気配がする。
そして大きなため息が一つ――。
「なんか、ちょっと違うなぁ。何でもかんでも、あいつのいいようにリオが勝手に振り回されてるんじゃね?」
類は、明日こそは学校に来いよと言い残し、梨緒子の部屋から出て行った。
夜もろくに眠れずに泣き明かし、目の下にははっきりとクマができている。
食事もほとんど喉を通らない。
水分補給のために飲むミネラルウォーターは、すべて涙となって流れ出ていく。
そう思えるくらい、梨緒子は三日三晩、泣き暮らしていた。
親友の美月が心配をして、何度かメールをくれた。
しかし、その原因をまだ告げてはいなかった。
説明するのも長くなりそうだったし、とにかく誰とも口をきく気にはなれなかったのだ。
秀平からはひと言のメールも届かない。
もともとメールをしない主義とはいえ、三日間も学校を休んでいるのに、気遣いの言葉もかけて来ない秀平に、やり場のない憤りを覚えてしまう。
――あんなに怒らせたんだから、無理もないけど。
梨緒子はぎゅっと目をつぶった。
まぶたの裏に、彼の怒る顔が焼きついている。
【何なんだよいったい。本当についてくる気あるのか?】
思い出しただけで、涙があふれてくる。
秀平の期待を裏切って、秀平に嫌悪感を抱かれて、秀平をイライラさせて――。
もちろん、そんなつもりは微塵もなかった。
ただ、彼の喜ぶ顔が見たかったのだ。
原因を知らない両親が、娘の登校拒否への対応を持て余した四日目の朝のことである。
梨緒子の部屋に、兄の薫が乗り込んできた。
くせのないストレートの長髪をなびかせて、すっかり姉貴と見紛うような服装をその身にまとい、梨緒子がうずくまるベッドの端に腰かける。
見た目は姉貴でも、口をついて出る言葉は完全に男だ。半ば脅しをかけるようにして、掛け布団の上から梨緒子をつっつく。
「なにやってんだよ、梨緒子。また仮病か?」
「…………どうせ、今日からは文化祭だからいいの」
「あっそー」
おそらく、薫にはその原因が何であるか、分かっているはずだった。
普段から薫は優作と親しくしているため、秀平と梨緒子の内情は筒抜けだ。
第一、心配性の優作が黙っているはずもないのである。いつもの個人授業を休んだ時点で、優作は薫にいろいろと探りを入れているに違いなかった。
そうなると、その原因も当然、薫には話しているだろう。
兄はさらに大声を出し、布団越しに梨緒子の耳元でわめく。
「じゃあ、梨緒子のこと迎えに来てるやつがいるけど、仮病で今日も休みますって、帰しちゃってもいいんだよな?」
薫はやはり『仮病』と言い切った。やはり、ばれてしまっている。
梨緒子はようやく布団から頭だけを出した。
枕元の目覚し時計を確認すると、もう午前十時半をまわっている。
「迎えにって……こんな時間に?」
「文化祭ってさ、三年だと確か、朝と帰りのホームルーム出てたら、あとは自由行動じゃなかったっけ?」
薫は梨緒子の高校のOBでもある。そのため、内情にはかなり詳しかった。
その薫の説明で、梨緒子を迎えに来たというのは、同じ高校の三年生ということが分かる。
一人しか、思いつかなかった。
きっと、彼だ。彼が来たのだ。
いったい、どんな顔をしたらいいのだろう。
しかし。
薫の後ろから姿を現したのは――梨緒子の予想にまったく反していた。
「よっ、リオ」
そこにいたのは、元彼の安藤類だった。
梨緒子は目の前の状況についていけず、掛け布団から頭を出した状態で、数度瞬きを繰り返す。
「……ルイくん? 一人で来たの?」
梨緒子の言わんとすることを、類はすぐに察したようだ。兄の薫の手前もあって、あくまで能天気に説明をする。
「美月には、黙ってここまで来た。いろいろうるせーからよ、おせっかいだとか、未練たらしいとか」
梨緒子は重い身体をようやくベッドから起こした。そして、慌てて髪を手ぐしで整える。
薫は梨緒子のドアを開け放したまま、自室へと姿を消した。薫なりの気遣いらしい。
梨緒子は立ち尽くす類の顔を見上げ、軽くため息をついた。
まったくの予想外の展開である。
「んな、露骨にガッカリすんなよ」
「そんなつもりじゃ、なかったんだけど」
自分自身では気づかない。ガッカリなんて表情をした覚えなどなかったのだが――。
類はベッドの側まで近寄ると、梨緒子とわずかな距離を保つようにして、床にあぐらをかいて座った。
不思議と緊張感はない。
付き合っていた頃に比べて一緒に過ごす時間は減ったものの、懐かしさは充分残っている。
こんな風に毎日向かい合って、他愛もない会話を交わして。
ひょっとしたら、ずっとこうやっていたのかもしれない――そんな錯覚さえしてしまう。
しかし、そんな妄想もつかの間。
「あいつが迎えに来たかと思ったんだろ」
類の淡々とした言葉に、梨緒子は激しく動揺した。
見透かされている。
そう、これが現実。
「……来るわけない」
「たぶんな。相変わらず、図書館にいたし」
「へえ、そう」
秀平がいつもと変わらないのを聞かされて、梨緒子の心はいっそう曇った。
「やっぱり、永瀬なんだな」
類がもう一度、確認するように尋ねた。
「俺はリオのこと、何だって分かる。ダテに彼氏やってたわけじゃないし」
本音をさらけ出し、数々の修羅場を乗り越えてきたからこそ、分かり合えることもあるのだろう。
そのことに、梨緒子はいまさらながらに気づいてしまう。
「しかし、ひっでー顔してんな」
類は梨緒子の顔をしげしげと見つめた。
やつれた頬。
睡眠不足による目の下のクマ。
泣き腫らして真っ赤になった両目。
確かにひどい顔になっていると、梨緒子自身も分かっていた。類の言葉には、何の誇張もない。
彼が自分をこんな風にしているのだ。
こんなひどい状態になっているのは、すべて彼のせいなのだ。
それなのに、彼は――。
「俺はなー、慰めに来たわけでも、よりを戻したいって頼みに来たわけでもない。でもこんなリオ、放っておけない」
――甘えたら、きっと駄目。
心の中にいるもう一人の自分が、自分を抑制する。
「何されたんだよ、ほら、言ってみな」
何度同じことを繰り返せば気がすむのだろう。
秀平に傷つけられ、そして類に慰められて。
でも、どうしていいのか分からない。
もう、自分ひとりの手には負えないのだ。
梨緒子は枕元に置いてあった携帯電話に手を伸ばした。そして、先週の土曜日に撮った問題の写真を、類に見せた。
類の表情が一気に明るくなる。
そして、嬉々としてはしゃぐ声が部屋中に響いた。
「うお、すげー! リオ、結構似合ってんじゃん」
「……」
たった、これだけのことだったのだ。
絡まりもつれた糸が、いとも容易くほどけていく。
梨緒子の両目から、大粒の涙がいくつもいくつもこぼれた。
「な、なんだよ? 俺、別に泣かすようなこと言ってねーぞ?」
「違うの……ルイくんのせいじゃない」
首を横に振ると涙の雫が顔中に広がり、頬を不規則に伝わっていく。
「そうやって、言って欲しかっただけなんだな、って。でも……」
「でも、なんだよ?」
秀平の声がよみがえってくる。
消し去ってしまいたい。でも、焼きついて二度と消えない。
梨緒子は震える声で、その忌まわしい言葉を吐き出した。
「勉強もしないで『病院ごっこ』か、いったいどういうつもりだ――って」
それに対し、類は梨緒子を嘲笑うようにして、あっさりと切り捨てた。
「ハッ、あいつに、優しさ期待してどーするよ? それ分かってて、乗り換えたんじゃないのかよ?」
呼吸が詰まった。
類にそれを言われてしまうと、身を絞られるような辛さが梨緒子を襲う。
秀平に乗り換えた自分が、彼に対して勝手にかけてしまった甘い期待――。
「悪い、言いすぎた」
類は悔いるような表情を見せ、梨緒子に素直に謝った。
しかし。
それは類の本音なのだろう。本人に言われてしまうと、反論の余地もない。
結局のところ、彼のことを分かっていなかったお前の自業自得だ、と恨み言を言われているような気さえしてしまう。
――そう、自業自得。
梨緒子は掛け布団を両手で握り締め、半ばやけになりながら、大きなため息をついた。
「もう完全に駄目みたい。私がこんなになってるのに、メールの一つも寄越してくれない。普通に学校に行って勉強ばっかりしてるんでしょ? 私のことなんかもうどうでもいいんだよきっと」
秀平に対する不満に、共感して欲しかった。
冷たく酷い人間なのだという、同意が欲しかった。
しかし、いつまで経っても慰めの言葉は返ってこない。
梨緒子が類のほうへ顔を向けると、明らかにうんざりとした表情がそこにはあった。
「はっきり言って、いまのリオは可愛くない」
意外な言葉だった。
類は容赦なく、傷口に塩を塗りこむような真似をする。
なぜ。どうして。
「女王様じゃねえんだからよ。なんでもかんでも周りがなんとかしてくれると思ったら、それは間違いだ」
信じられなかった。
どうして、ここまで言われなくてはならないのだろう。
自分が、間違っている――だなんて。
分からない。分かりたくもない。
「はっきり言えよ、あいつに。どうして欲しいのか、自分からメールしろ。こんなところでぐちぐちやってたって、どうしようもないって思わないのか?」
「ルイくん……」
きっと、類は正しいことを言っているのだ。
来るのをひたすら待つばかりで、それでいて、いつまでも来ない相手を一方的に責める。
そんな女が、可愛いはずもない。
「迎えに来て欲しいなら、そう言えよ。ちゃんと素直にさ」
「できない。秀平くんの嫌がることなんか、できない」
怖い。
彼が怖い――本当に。
「秀平くんに嫌われるのは、本当に嫌で嫌で苦しくて……どうしようもなく惨めなんだもん」
梨緒子は掛け布団を頭からかぶり、再びベッドにうずくまった。
それでも慰めの言葉は返ってこない。
類は梨緒子を学校へ連れて行くのを諦めたようだ。掛け布団越しに、類が立ち上がるような気配がする。
そして大きなため息が一つ――。
「なんか、ちょっと違うなぁ。何でもかんでも、あいつのいいようにリオが勝手に振り回されてるんじゃね?」
類は、明日こそは学校に来いよと言い残し、梨緒子の部屋から出て行った。